PROFILE

  • 吉田山田

    吉田結威(Gu/Vo)と山田義孝(Vo)からなる二人組アーティスト。

    2009年10月に「ガムシャランナー」でメジャーデビュー。これまでに12枚のシングルと4枚のオリジナルアルバムをリリース。

    2013年12月に放送を開始したNHKみんなのうた「日々」が“泣ける歌”と話題になり、5度の再放送を経てロングセールスを記録。一躍その名を拡げ、YouTubeの再生回数は1,100万回を突破。

    2017年5月24日に12枚目のシングル「街」をリリースし、ハードなロックチューンでこれまでのイメージとは異なる新たな一面を見せ、更には7月5日に配信限定シングル「YES!!!」をリリース。ライブの定番曲で初の音源化となり、ファンにも人気のアップナンバーなこの楽曲は、「2017tvk高校野球神奈川大会中継応援ソング」として起用された。

    2017年8月26日には3年連続の開催となる野外ライブ「吉田山田祭り2017」を開催し、大成功に収める。

     

    そして、2017年11月1日に1年8ヶ月ぶりとなる5枚目のアルバム「変身」のリリースが決定。今回は「吉田山田祭り2017」ライブ映像を全曲収録のBlu-rayや吉田山田スタッフTシャツの付いたスーパーデラックス盤、CD+DVDのデラックス盤、CDオンリーのボーナストラック盤の3形態にてリリース!

    ニューアルバム「変身」をひっさげ、9月17日からは神奈川公演を皮切りに12月24日の大阪公演まで全国21カ所を巡る全国ツアー「吉田山田ツアー2017」を開催!

  • 吉田 結威
    • 吉田結威 (ヨシダユイ / A.Gt/Vo)
    • ■誕生日:9月9日(乙女座)
    • ■出身地:神戸
    • ■血液型:O型
    • ■趣味:読書/ドライブ/犬と遊ぶ
    • ■特技:山田検定免許皆伝
    • ■学生時代の部活:バレーボール
  • 山田 義孝
    • 山田義孝 (ヤマダヨシタカ / Vo)
    • ■誕生日:12月13日(射手座)
    • ■出身地:東京
    • ■血液型:A型?
    • ■趣味:絵を描く/散歩/youtube
    • ■特技:一輪車/唄の即興/自作紙芝居
    • ■学生時代の部活:バスケットボール
  • 2006年頃

    そんな中、原宿のライブハウスで音楽業界関係者から声をかけられ、プロとしての活動を意識する。その後3年間は、ひたすらに楽曲制作に焦点をおき活動していく。

  • 2005年頃

    帰国後、本格的な音楽活動をスタートさせる。
    ライブハウスの店長から、アーティスト名を聞かれすごく悩んだ結果
    「吉田結威・山田義孝」と本名そのままで提出する。
    他にも「カフェ・ラ・テ」や「シングルモルト」などいくつも案が出るが、等身大でない事を理由に不採用。
    その後は、下北沢のライブハウスでレギュラーを務めながら、様々なライブハウスや結婚式場・フリーイベント等でライブの数を重ねる。

  • 2003年頃

    山田が、どうしても音楽をやりたい!!と強く思い始める。
    音楽をやるなら吉田とやりたい!!と、改めて吉田に声を掛けようと決意。
    そうして声を掛けると・・・
    吉田も心の何処かで「音楽活動をやっていきたい」と感じていたのだった。
    ここに、吉田山田誕生である。
    しかし結成をしたは良いものの、どうやって活動していくかあても無い。
    活動の仕方も分からずダラダラと中途半端な日々を過ごしていく。
    このままではダメだ!!と二人は決意し、NewYorkへ武者修行に渡米。
    N.Y.で1ヶ月間単身生活を送った。
    滞在中は、地下鉄のホームで唄うなど貴重な経験をした。

  • 2001年頃

    高校三年、夏の文化祭に向けて結成されたアカペラグループ「ワンツーポパイ」に、吉田と山田も参加した(これが後に、吉田山田の源流となる)。
    しかし、グループは高校卒業と同時に自然消滅。
    その後、二人はそれぞれ別の道を歩む。
    吉田は大学で心理学を学び、山田はTVやCMにちょい役で出演したりしていた。

  • 1999年頃

    吉田と山田が、東京都立の高校に同期入学。山田は入学式から金髪。
    当時あまりにも女子生徒からチヤホヤされていた為に、吉田は、顔見知り程度の山田に嫌悪感を覚えていた。
    一方、山田は、文化祭で弾き語りでステージに立つ吉田を見て、感動し涙を流す。
    吉田と音楽を奏でてみたい!と山田は強く思うが、シャイなため、なかなか誘えない。
    その後、山田の分かりづらいアプローチが複数回あった・・・ (吉田談)